そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

三章 隠家③

「ただいま戻りました!」
それからしばらくして、シャーラとチトセは最初の部屋に戻ってきていた。
それに反応して、物陰からツッパリ頭の先端がびよんと姿を現す。
ノイである。
「おかえりなさいッス~……っておお!その格好イケてるッスね!」
彼はシャーラの新たなお召し物に興味津々なようだった。
「ありがとうございます!これは……」
「¨アタシの¨ジャージだ。どーだフランスパン、恐れ入ったか!」
シャーラが言い終えるのを待たずに、チトセが得意気に鼻を鳴らした。
やけに¨自分の¨ジャージであることを強調する辺り、彼女のジャージへの愛着が伺える。
「フランスパ…………!?あァでも可愛い……」
流れるような煽りにノイは一瞬頭に血が昇りかけたのだが、シャーラの姿を見た瞬間に我に返る。
普段乗せられている挑発も、シャーラの前では無惨にも吹き飛ばさてしまうようだ。
「あの…………ところで、フォル君はどちらへ?」
 ふと、シャーラは、ノイと一緒に待っていたはずのフォルの姿が見当たらないことに気付いた。
「そーいや何か調子悪そうにしてたんであっちの空き部屋を貸したッス」
ノイは居住用部屋のある扉を指す。
「……ありがとうございます、少し様子を見てきますね」
シャーラは数秒、何かを考えていた様子だったが、すぐに空き部屋へと向かっていった。
「健気だ……俺もあんな女の子が近くにいてくれたらなー!」
「チッ、健気じゃなくて悪かったな!」
ノイがシャーラの後ろ姿を追うのを、チトセは不機嫌そうな顔で睨みつける。
「……まあ確かに、あの子はいい子すぎてアタシが申し訳なくなってくるわ……」
「だろ?だからオマエももう少し……」
「それとこれとは話が別だ!!!」
シャーラもいなくなり、いつものごとく徐々に険悪になっていくノイとチトセ。
だがその一触即発の雰囲気の最中、タイミングを見計らったかのように、ガチャッ、と扉が開く音がした。

「はー……よーやく終わったぜ」
 すると、シャーラが向かっていったのとは逆方向から、くたびれた少年の声がした。
ライト・E・シャープである。
彼の背後には、なに食わぬ顔で、レミ、ソラ、シドの舎弟三人が続いていた。
「「アニキ!」」
ライトもまた、丁度自らの用件を終えて戻ってきた所のようだ。
「何度説明したことやら……結構疲れたぜ」
ライトは大きく溜め息を吐いた。相当骨の折れることだったようである。
「「「アニキ、お疲れ様ッス!」」」
「いや、原因お前らだからな!!」
全く反省してなさそうな問題児三人。
ライトはもう一度溜め息を吐くと、ドサリとその場に座り込んだ。
「あーーーー……………………あ?」
そのまま疲れた顔で部屋の天井のシミを見つめていたライトだったが、ふと、部屋に戻ってからの違和感に気付く。
「あれ、フォルさん達はどこへ?」
「「アニキ、そのくだり二回目!」」
あまりの既視感に、ノイとチトセの声が重なっていた。





 依然として雨が降っていた。
まだ夕方にもなっていないはずなのだが、もやのような薄黒い雲が、町全体を取り囲むように覆っている。
 フォル・A・バイムラートは空き部屋の中で一人、不吉な色の空を眺めていた。
「……また逃げてきちゃった」
逃げるようにあの場所から去り、どれくらいか時間が経っている。
ほんの些細なことのはずだった。受け入れられた者達と、そうでない者がいただけのこと。
だがーーーー

 するとその時、ガチャン、と元気な音を立てて部屋の扉が開いた。
「ここにいましたか、フォル君!」
明るい声と共に現れたのは、美しい銀髪を携えた少女だった。
「…………あぁ、シャーラちゃんか」
フォルが振り返ってその名を呼ぶ。
「何かあったの?」
「実は先程、ノイ君からあなたが何やら気分が優れないようだったと聞いたのでで……」
「………………そうなんだ」
「一瞬行くべきか迷ったのですが、やはりご気分がすぐれないとなると心配だったので……迷惑、でしたか?」
「いいや」
フォルが少し俯く。
シャーラ・I・ディザスターという人間は常に純粋で、常に輝きを放っていた。
彼女の言葉はいつも、彼女の本心から湧き出ていた。
彼女の顔はいつも、彼女の心を正直に写し出していた。
そこに嘘偽りはない。
だからこそーーその正直な心が、フォルの心を強く締め付ける。
「……なんでもないよ、俺の気のせいだったみたい」
対するフォルが咄嗟に作る表情はいつも、誤魔化すような偽物の笑顔。
それは例え、彼にそのつもりがなくとも、まるで機械のように、ある種の防衛反応のように自動で形作られるモノだった。
そうすれば、本心を隠せる。
信用できない他人に、うっかり心を開いてしまうこともない。
今までもずっとそうして騙してきた。

なのに。

「…………どうして、そうやって無理に笑うのですか?」
その笑顔を、シャーラは悲しく見つめていたのだ。
「そんなこと……」
「ありますよ!」
とぼけようとしたフォルに、シャーラはきっぱりと言い切った。
どうやら、今回の偽物は一段と不自然に出来上がってしまったらしい。
それは瞬時に見抜かれる程に薄っぺらく、とうとうシャーラにも、その表情の歪さを知られてしまったのであった。
「…………」
何も言い返せなかったフォルは、わざとらしく視線を反らす。
「今までも……そうやって無理をなさっていたのですか?」
シャーラの問いにフォルは答えない。
「わたしと出会った時も、今思い返せばそんな顔をしていたように思います……ずっと、そうだったのですか?」
フォルは答えない。
「それにあの時、ライト君達と初めて会ったとき……フォル君は旅出に特に深い理由はないって言ったときも、笑ってなかったように思います…………もしかして、旅に出た理由に関係しているのですか?」
フォルは答えない。
答えることが、できなかった。

「……………………そうですか」
そこまで言ったところで、シャーラは質問を止める。
「すいません。そんな無理矢理問い質そうとしていたわけではないんです。ただーー」
彼女は尚も冷静に言葉を紡いだ。
「ただ、あなたが苦しんでいるのなら、わたしはあなたの¨友人¨として、あなたの苦しみを共に分かち合う義務があります。…………それだけです」
シャーラは俯いた。
こともあろうに、彼女はいくら問い質しても答えないフォルへの怒りを見せるどころか、むしろ、彼の力になれない己の無力さを嘆いているように見えた。
「…………」
 そんな彼女の様子を、フォルは黙って見つめていた。
今まで出会ったどの人間とも違うその態度に、言葉に、何かを感じながら。
そして、

「……少しだけ、話すよ」

彼は少しだけ、その重い口を開くことにした。

「ーー俺には『十年より前の記憶がない』。知ってるのは名前と¨あの化物の姿¨になれる能力のことだけだ」
 フォルは僅かではあるが、シャーラに自らに関することを話し始めた。
彼の旅の目的は、すっぽりと抜け落ちた自身の記憶を探すこと。
そして、自身の正体を知ること。
圧倒的な力、そして人ならざる姿を持った異形の形態、ドラゴニュート。
フォルの力の全てであり、また彼が最も嫌悪する力の全てである。
その正体を、彼は知りたいのだ。
「だけど、あの力は俺を人間から遠ざける。…………だから、俺は自分から他人と深く関わることを避けた。どうせ近付けないならと、嘘の笑顔で本心を悟られないようにした」
そこまで言ったところで、彼は「違うな」と首を振った。
「きっと本当は、こうしているのが楽なだけなんだ。そうすることに、慣れてしまっただけだ」
そう話す彼の目はどこか遠く、過ぎ去ってしまった何かを見つめていたように見えた。
「だから、今はまだこのままでいさせて欲しい。……酷いヤツだと思うけど」

 フォルの口からは、それ以上語られることはなかった。
「わたしは……」
シャーラは何かを言おうとして一瞬、言葉に詰まる。
何も知らない自分が、彼に一体どんな言葉をかけられるというのか。つい最近まで、外の世界に出たことすらなかった自分が。
だが、

「ーーわたしはそれでも、あなたと友人でありたいのです!」

それでも、彼女は言葉をかけてあげたかった。
黙り込むくらいなら、伝わらずとも伝えようとしたかった。
それは彼女の身勝手なエゴイズムかもしれない。
しかし、その言葉の根底にある気持ちだけは本物だ。
「……そっか」
すると、そんな気持ちが伝わったのか、フォルの表情が少しだけ柔らかくなった。
シャーラの慈愛に満ちたその表情は、時に悪意をも絡め取り、引きずり込んでしまえそうな程妖艶で麗しい。
だがフォルにはその暖かな微笑みが、まるで昔から探し求めていたモノのように懐かしく見えていたのだ。
「……ありがとう」
彼は誰に聞こえるわけでもない声で、思わずそう呟いていた。
「え?何か言いましたか?」
「…………そういえばそのジャージ、結構似合ってるよ、ってね」
だが少し照れ臭かったのか、咄嗟に癖で誤魔化してしまうフォル。
「む、また嘘つきましたね!」
先程と違い、フォルの表情は完璧な作り笑顔だったのだが、もうシャーラには通用しないようだった。
「バレた?」
「……ずるい人ですね」
「ふふ、そうかもね」
しかしそれでも、彼らの間にあった隔たりは、僅かではあるが小さくなっていた。
信じ合える間柄ではなくとも、彼らが友人であることに、確かに意味は存在するのだ。
「本当は何て言ったんですか?」
「……秘密」
「もー!!!」
意地悪く口を閉ざすフォル。
「それよりもさ、皆待たせてるだろうし皆の所に戻らなくきゃね」
そしてこともあろうに、彼は無理矢理話を切って撤退することを試みる。
「あっこら!ちょっと待ってください!」
逃がすまいと、すかさずシャーラがその後を追う。

 フォル・A・バイムラートという人物の真意は、シャーラにはまだわからない。
だが彼女は、いつかフォルの本当の笑顔を見てみたいと、ひっそりと思うようになっていたのだった。