そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

三章 隠家②

 不良達のアジトの奥に、廃墟にしてはまだ小綺麗な質素な部屋があった。

 元は何かの居住スペースのような場所であったようだが、今では建物を占領する不良達の私物が乱雑に置かれ、所謂押し入れような場所となっている。
中でもチトセの私物の割合が多く、彼女以外の出入りもあまりないため、ほぼ彼女専用の部屋と言っても差し違えないだろう。
 そんな部屋で、シャーラ・I・ディザスターは懸命に戦っていた。

「…………どうやって脱ぐんでしょう、これ……」

ーーーー服と。
 外は雨が降り続き、止む気配はまだない。
彼女はここに来る途中で濡れてしまった服を脱ごうとしているのだが、先程からぎこちない手つきでブラウスのボタンを掴んだり弄ったりしているだけで、満足に脱ぐことができていないようだった。
「そんなの穴に通せばいいだけでしょ!」
そんな彼女の様子を見ていたチトセが呆れ気味に言う。
「ええ、っと……こうして……あ、あれぇ?」
「だからそこで穴に……」
「ん、んん~???」
アドバイスを入れるが一向に改善されない。むしろ悪化しているようにも見える。
どうやらこのお姫様は、果てしなく不器用であるどころか、私生活すらままならないようである。
「~~~~~~~あーもう!!!」
見るに耐えかねたチトセは、シャーラの着替えを手伝い始めていた。
「わ、すいません!手間取らせてしまって」
「あんたいつもどうやって服着てるんだよ……」
チトセはシャーラに気を付けの体勢をとらせたまま、手際よくボタンを外していく。
「城にいた時はお手伝いさんが手伝ってくださって……旅に出てからはフォル君に手伝って貰ってます」
あっけらかんとした様子で答えるシャーラ。
「マジかよ……」
衝撃的な事実にチトセは開いた口が塞がらなかった。
これが一般人と貴族との価値観の違いなのだろうか。
いいや、どう考えてもシャーラが特殊事例過ぎるだろ、とチトセは困惑した。
「手のかかる妹ができた気分だ」
「妹……じゃあチトセお姉様ですね!」
「言ってる場合か!」
えへ、と何故か嬉しそうに笑うシャーラ。
チトセは、はぁ、とため息をついた。
「アニキもびっくりの問題児だな……」
「気になっていたのですが、チトセちゃんはどうやってライト君と知り合ったんですか?」
「ん?アニキと?」
シャーラの問いかけに、チトセは一瞬困ったような表情を浮かべる。
「話すのは構わないけど、お姫様にとってはあんまり楽しくない話だぞ」
それに対し、大丈夫です、と頷くシャーラ。
「その……せ、せっかく友達になりましたし、できればチトセちゃんのことや、ライト君達のことをもっと知りたいんです」
¨友達¨というワードに若干の気恥ずかしさを感じながら、シャーラは囁くような声で言った。
「…………そだな、旅の話も聞かせてもらったしな」
それを聞いたチトセが、少しだけ安心したように微笑む。
「よし、それじゃあ……」
こほん、と軽い咳ばらいをすると、チトセはライトとの出会いの経緯を話し始めた。


「だーれもいなくなっちまったッスねェ……」
 時を同じくして、アジト二階のノイの個人スペース内。
フォルとノイは二人寂しく、諸用で別の部屋に行ったシャーラ達を待っていた。
「随分と暇になっちゃったね」
「いつものことッスよ、いつもこーしてダラダラしてるッス」
「へーそうなんだ」
フォルは床に乱雑に転がった雑誌を無造作に広げては、興味のない内容だとわかるとすぐに閉じて別の雑誌に手を伸ばす、ということを繰り返していた。
ノイの趣味なのだろうか、一般的な情報誌から店に置いてある無料の冊子まで、ありとあらゆるジャンルのものがそこら中に散らばっていたが、それらが片付けられている様子はない。
「あっそうだ」
 唐突に、フォルは雑誌漁りをしていた手をピタリと止めた。
「そういえば、なんで君達は自分より年下のニット帽の彼の舎弟になったの?」
「あーそこやっぱ気になるッスよね」
ノイは待ち構えていたかのような態度で言う。
「……俺らは皆ライトのアニキに救ってもらったから今ここにいれるんス」
「救ってもらった?」
フォルが訊くと、ノイはやたら自慢気に鼻を鳴らした。
「ヘヘッ、その経緯は結構しんみりしてて泣けると評判ッスよ」
俺が言ってるだけなんスけど、と小声で付け足しつつ、ノイは大袈裟な身振り手振りで語り始めたのだった。



「アタシの家はどこにでもあるような平和な家庭だった」
記憶を一つ一つ手繰り寄せるようにして、チトセは語る。
彼女は平凡な家庭に生まれた。
貧しくも豊かでもなく、かといって家庭内に暴力が蔓延っていたわけでもない。
いつものように両親共に働き、チトセ自身もまた学校へ通う、ある程度普通の暮らしだ。
「……ただ、みんな忙しくてさ、家族揃って一緒に何かをするって機会がほとんどなかった」
特別不幸というわけでもない、ありふれた暮らし、ありふれた人生。
だがその暮らしの中で、着実に積み重なっていた孤独があった。
満たされない心は次第に、彼女を非行へと駆り立てるようになっていった。
心の隙間を歪んだ形で埋めようとしたのだ。
「嫌気が差して家族に黙って家を出た。学校にも行かなくなったけど、それでもアタシの家族はアタシのことなんか気にも掛けなかった。……だからとうとう親が信じられなくなって、アタシはそこら中でケンカばっかするようになった」
バカみたいでしょ、と笑ってみせるチトセ。
「……それでもその時は、こんなアタシなんかを心配してくれる友達がいた。なのに、次第にその優しさが怖く感じた。自分がどうしようもなく小さい人間だと思い知らされているような気がしてね」
チトセは自嘲気味に言ってのける。
「劣等感しか感じられなかった。優しさが苦痛だった。だからそいつからもーーーー唯一差しのべてくれる手からも、逃げた」


「俺らは所謂、現実から逃げてきた¨臆病者¨なんスよ。理由もホントくだらねェ、周囲と馴染めなかったとか、家族が冷たかったとか、ケンカっ早かったとかでいつも息苦しい思いをして、とうとう耐えきれずに逃げ出した連中なんス」
そう語るノイの表情は冷静だった。
後悔や葛藤、憎しみ、哀しみ、寂しさ。
しかしそれらの感情に苦しんでいる様子はもうない。
彼に、いや¨彼ら¨にとって、それらはもうとっくに過ぎた出来事なのだ。
「逃げて逃げて逃げ続けて……そこら中で暴れまわって、利用されて、ドン底突っ走って…………そんな時ッス。¨アニキ¨に出会ったのは」
喧嘩に明け暮れていた者、頼れるものもなく彷徨っていた者、管理外区域でハイエナのように息巻いていた者。
経緯に差異あれど、ここにいる少年少女達は皆、「ライト」という一人の少年と出逢った。
「そっからは自分の中にあった淀んだ何かも吹っ飛んじまって。色々考えすぎてたんじゃねェかなって思えるようになったんスよ」


「アニキと出会ってからは変わったよ。そりゃ始めっから仲良くできなかったけど…………いっつもみんなでばか騒ぎしながら一緒のテーブルで飯を食うんだよ……そしたら、なんか、気付いちゃってさ。これが本当の家族の形なんだって。血の繋がりとか関係なしにね」
チトセはライトに出逢ったことで、欲しかった¨家族の形¨を見つけた。


「俺らの事情なんて端から見ればなんてことのない些細なモノッス。けど、たったそんだけを……俺らの空っぽだった部分を唯一理解してくれたのがアニキだったんスよ」
ノイはライトに出逢ったことで、己が心の隙間を埋めてくれる¨理解者¨を手に入れた。

 彼らの中で、いつしかライトという少年の存在は、心の拠り所であり、目指すべき目標となっていったのだった。



「……い、いい話ですぅぅえぐっ、えぐっ、うぅ……」
シャーラは話の後半から涙をボロボロと流しながら聞いていた。
「そんな泣くほどか?」
「だってっ、ライトぐんはっ、まだまだ若いのに、みんなのっ、みんなのお兄さんみたいになってぐれてっ!」
「まぁアニキがいればどんなことも大丈夫って信じてるけど………………っておい鼻水垂れてるぞ!せっかく着替えさせたのにまた汚す気か!」
「へっ?」
シャーラは自らの格好を見て驚く。
「あれ、いつの間に着替えを!?」
「気付けよ!」
チトセは鈍感すぎるシャーラを部屋のスタンドミラーの前へ連れていった。
「これは……」
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それはジッパーの付いた薄手の運動に適した上着だった。つまるところのジャージである。
動きやすさを重視した青いスパッツと短めのスカート、伸縮性のある白の運動着。そして上にはジャージを羽織り、髪は目に前髪がかからぬようピンで止められ、後髪もポニーテールに結われることで涼しげになっている。
「おおっ、なんだか身体が軽くなったような気がします!」
普段とは違う格好にテンションが上がるシャーラ。
当然ながら、チトセの持っているのは一般的なジャージであり、これといって高価なブランド品等とは程遠い代物だ。
だが日頃から運動用ではない衣類を纏っていたシャーラにとって、この運動着の生み出す身軽さは画期的なものであった。
「チトセちゃん、ありがとうございます!」
「そ、そう……!気に入ってもらえたようでなにより」
チトセは満面の笑みを向けてくるシャーラに若干狼狽えつつも、不思議とその表情には笑みが浮かんでいたのだった。



 フォルもまた、ノイの話をしばらく聞いたまま黙っていた。
(アニキ、ね……)
フォルは、はぁ、と息を吐く。
本当の家族を知らない、誰からも理解されない。そんな社会の異端とされている者達を受け入れる勇気。
それを持つことは決して楽なことではない。
 フォルはまだライトという人間については殆ど知らない。
もしかしたら、ライトはそれがどういうことか深く考えないままノイ達を迎え入れたのかもしれない。或いは、偽善者の自惚れた行為に過ぎなかっただけなのかもしれない。
しかし、ここにいる者達は皆ライトによって救われているのは事実だ。
(羨ましい、のか……?)
彼は自分に問い掛ける。
異なった存在。誰からも理解されない存在。かつてはそうだったと、ノイは言った。
だが、彼らは拠り所を見つけた。救い上げてもらった。
自分とは違う。ただの¨化物¨である、自分とは…………
フォルはそんなことを思うと、何故だか自分だけが、世界から独り取り残されているような気がするのだ。
「?フォルさんどうかしたんスか?」
 すると、ノイは黙ったままでいるフォルを奇妙に思ったのか、訝しげに彼の顔を覗き込んでいた。
「……いや、別に」
「あーもしかして話聞いてて眠くなっちゃったッスか?俺もあるんスよねェ長い話聞いてっとコックリコックリ……」
そんなわけないだろ、とフォルは内心思ったが、
「ちょっと疲れちゃったみたい。申し訳ないんだけど、どこか休めそうな空き部屋はないかな」
好都合だとノイの言葉に乗ることにした。
とにかく今は、この場所を離れたかった。
自分はここにいてはいけない、そんなように思えて仕方がなかったのだ。



「さて、みんなのとこへ戻るよ」
「そうですね。もたついて思ったより時間がかかっちゃいました」
「アンタのせいだぞ!」
「す、すみません」
チトセの的確な指摘に謝罪するシャーラ。
あまり皆を待たせてはいけないと、彼女らは部屋を後にすることになっていた。
「アンタらこの豪雨でこれからどうするの?ウチは一応お泊まりOKだけど」
「いえ、お構いなく。雨が弱くなったらご迷惑をかけないうちにどこかの宿に泊まるつもりでーー」

ーーシャーラが言葉を言い終える間もなく、ピシャリ、と雷が大きな音を立てながら遠くで落ちた。

「…………やっぱり、泊まらせていただいていいですか?」
バツの悪そうな顔でシャーラは自らの発言を取り消した。
どうやら雨は止むどころか、更にその勢いを増しているようだ。
「フフッ、わかりやすいなアンタ」
シャーラのあまりに華麗な手の平返しに、チトセは思わず噴き出してしまう。
「も、申し訳ないです……」
「いーじゃんいーじゃん。お互い腹を割って話した仲なんだしさぁ」
「それはそうですが……」
「それよりホラ、フォルさんに泊まるって伝えてきたほうがいいんじゃないの?」
ポン、とチトセはシャーラの背中を押す。
「……そうですね、わかりました!ありがとうございます、チトセちゃん!」
そう言って、シャーラが走り慣れない様子でトタトタと駆けてゆくのを、チトセは軽く手を振りながら見送った。
「……懐かしいな」
その後ろ姿に、かつての友人の姿を重ねながら。





 一方、舎弟を連れて事情説明をしているライトは、というと。

「だーかーらぁー!!!もっかい最初から説明すんぞ!!!あの可愛くて胸の大きな人はーーーー」
こじんまりとしたアジトの空き部屋に、ライトの声が響き渡る。
一体何度目の説明だろうか。
舎弟達の理解がどうしようもなく乏しいがために、ライトは何度も何度も同じ説明をひたすら繰り返していたのだった。
「アニキ!すんませんよくわかんないッス!!!」
「……………………お前ら……」
だがライトはへこたれなかった。
諦めてはいられない。
たとえストレスで電気が腕から洩れても、彼はアニキとしての宿命があるのだ。
彼はもう一度、その声を張り上げて言った。
「……もう一度説明するぞォォォ!!!!」

ここまで、約十三回目の説明し直しである。