そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

三章 隠家①

あれからしばらくルクリフィアの町を歩いていたフォル、シャーラ、ライト、ノイ、チトセの五人は、いつしか中心部から離れ、比較的人通りの落ち着いた場所へ来ていた。

「大分歩きやすくなったね、シャーラちゃん」
「え、えぇ……あはは……」
悠々自適に歩んでいくフォル。その背後から、シャーラはまるで生まれたての小鹿のように、足をガクつかせながらついてきていた。
「シャーラさん大丈夫ッスか?なんならそこのベンチで休むとか……」
「い、いえ、お構いなくっ」
彼女は心配そうに自分の顔を覗き込むライトを制し、不安定な足取りながらも一歩一歩着実に足を前に運んでいく。
息も絶え絶えに歩くその姿は、見ている側までヒヤヒヤさせられる。

――シャーラ・I・ディザスターには致命的に体力がなかった。
というのも、一国の姫であり、箱入り同然に育てられた彼女は、フォルに出会う以前では外出すらしたことがなかったのである。
故に彼女が運動盛り真っ只中の年齢であっても、その体は錆びた機械のように思うように動かない。それどころか、必要最低限の体力すら持ち合わせていなかったのだ。

「シャーラさんこれ思ったより結構ヤベェんじゃねェスか?」
「めっちゃ顔色悪いぞこのお姫様……」
ノイとチトセは額に冷や汗をかきながら、なんとかしてあげて、と訴えるようにシャーラの保護者であるフォルに視線を向けた。
しかしフォルは動かない。
彼は両手を上げていた。……¨お手上げ¨という意味だろうか。
この少年、どこか薄情である。
「残念ながらあの子の体力作りの邪魔はできないね」
等と言っていたが、一瞬悪い笑みを見せたかと思うと、
「……そうそう、初めて城下町に出たときなんて、少し歩いただけで気分が悪くなって路地裏で吐」
「いやあああああそれ以上言わないでください!!」
うっかり自分の恥ずかしい秘密を洩らしそうなフォルを慌てて止めるシャーラ。
「はーっ、はーっ、はーっ……」
思わず声を張り上げてしまったために、さらに体力が減少する。
だが彼女は歩みを止めようとは思わなかった。
いや、止められなかった。
フォルがいつ自らの恥ずかしい秘密をバラすか気が気ではないからである。
ふと視線を正面に向けると、彼はこちらを随時確認しながらニタニタと笑っていた。
どうやら彼はこの「小さな脅迫」によって体力のないシャーラを歩かせようとする魂胆らしい。
少しは体力をつけろ、というフォルの意図が見えるのは勿論であるが、同時にどこか面白半分でやっている節も見受けられる。
(うぅぅ、こんなことならもっと日頃から運動しておくべきでした……)
千鳥足になっている最中、シャーラはそんなことを思いながら、食らいつきながらなんとか他の四人の後をついていくのだった。

それから数分後。
更に人は少なくなり、周囲の建物の背もそこまで高くないものが多くなってきていた。
「なんか、降りそうだね」
ぼんやりと空を見つめていたフォルが呟く。
彼らがこの町にやってきた時からずっと、空は塗り潰されたようにグレー一色だった。
しかしそれは僅かながら薄黒い面が増えていき、雲行きは徐々に怪しくなっているように見える。
「君達のアジトまであとどれくらい?」
念のためフォルはライトに尋ねる。
「もうすぐッスよ。あ、ホラ見えてきた」
ライトがそう言って指し示した方向には、使われなくなった建物が並ぶ廃墟街のようなものが確認できた。
当然ここまでくればさほど高い建物ではないが、どうやらその廃墟らも元はビル街であったようだ。
「あの辺りの廃ビルの一つをオレらの根城にしてるんスよ」
「……へぇ」
フォルは少しだけ不審に思った。
先程からあった違和感。おそらくは、あれほど発展していた中心街とこの辺り一帯はえらく寂れ具合の落差からくるのであろう。
中心街から遠ざかれば、建物も比較的落ち着いたものになるということは当然で、一見何もおかしな点はないように思われる。
しかしここは違った。異様に廃墟が多い。
まるで忘れられ、置き去りにされたような、そんな雰囲気がどことなく漂っていた。
そんな不思議な空気を味わいながら、フォルは廃墟の増えた街並みを眺める。
「もっと先まで行くと更に廃墟だらけだね」
「あぁー……あっちは……」
思わせぶりに渋い顔を見せるライト。
「何かあるの?」
フォルはすかさず追求する。

「ーーあっちは¨管理外区域¨よ」

彼の疑問に答えたのはチトセだった。
「都市の発展から置き去りにされた廃墟街。あっちでたむろってる連中はろくなやつがいないわ」
ノイがそれに続ける。
「俺っちも一回あそこに行ったことあるんスけどよォ、無法地帯もいいところッスよ」
どうやら彼も管理外区域には嫌悪感を露にしているようだ。
「そんな場所が…………」
フォルは眉間にシワを寄せる。
「まーでも安心して欲しいッス」
するとライトがずいっと顔をフォルに近付け、
「オレらはたまにその管理外区域に住み着いたならず者をシメに行ったり、そいつらの被害を受けてる連中を助けたりしてるんスよ」
どうだ、と言わんばかりに鼻を鳴らしてみせる。
えらく自信満々な態度だ。
「へぇ、実際にちゃんと助けられてるの?」
「それはもう……!」
「あぁ、一応アタシはライトのアニキ助けられてあの¨管理外区域¨から逃れてきたけど……」
尊大な態度のライトの後ろでチトセが小さく主張する。
「てかアジトにいるアニキの舎弟の殆どがアニキに助けられたって感じ」
「俺もそうッスよ~」
「そうなんだ」
意外そうにライトを見つめるフォル。
「つまり実績もバッチリというわけだね」
「えへへ、まぁ、そんなとこッスかね」
誉められて照れ臭そうに笑うライト。
この辺りはやはり年相応なのか、彼自身の無邪気な様子が表れている。
「というわけでシャーラちゃんも、どうやら管理外区域ってとこは危ないみたいだから気をつけてね~…………ってあれ、シャーラちゃん?」
フォルが背後のシャーラの方へ向き直って危険を知らせるも、何故か彼女は反応を示さない。
ただひたすらぽてぽてと歩いているだけのシャーラだが、慣れない外出による疲労なのか、その表情はなんとも一国の姫のイメージとは程遠い、険しいものになってしまっていた。
「もしもーし…………あらら聞こえてないねこれ。大丈夫かな」
まさに上の空。脱け殻。歩くだけのロボ。
そんなシャーラをフォルは若干可哀想に思ったのか、とうとう彼はよちよち歩きのお姫様に手をさしのべることを決める。
すると、

「ーーーー雨?」

その時、シャーラへとフォルが伸ばした掌の上に一粒の水滴が落ちた。
気のせいかと思う間もなく、すぐに二粒、三粒が掌に落ち、瞬く間にいくつもの雨粒が乾いたアスファルトの地面を濡らし始めた。
「降ってきたッスね」
ライトも雨に気付く。
「アニキ、傘ないし強くなる前にアタシらも早くアジトに戻ろう」
「今のうちに走れば大丈夫じゃあねェッスか、アニキ!」
「……みてーだな」
舎弟二人に促され、ライトはフォルとシャーラにも呼び掛ける。
「フォルさん、シャーラさん、オレらのアジトすぐそこなんで走るッスよ!」
「仕方ないか……了解」
「へ、は、走るってそんな……ってきゃあっ!?」
迅速な行動だった。
フォルは今にも天に召されそうになっているシャーラを問答無用でおぶり、そのままライト達が案内する後をついていくことにしたのだった。


ーーアジトにつく頃には雨はかなり強くなっていた。
雨粒はバシャバシャと音を立てながら容赦なく地面を叩きつける。
降りだしてからアジトまでさほど時間はかからなかったのだが、既にライト、ノイ、チトセの三人はまるで滝修行の後のように全身ずぶ濡れになっていた。
折角雨を凌げる場所へ到達できてもこれでは無意味だ。
シャーラの方も、フォルにおぶられた都合上、降り注ぐ雨をダイレクトに背中に受けてしまっている。
フォルはというと、顔周りは帽子である程度被害を食い止めていたのだが、背負っていたシャーラの汗が背中に吸い付いたがために、結果なんとも言えない嫌な湿り気に悩まされることとなっていた。

「んじゃ改めて……ここがオレらのアジトッス」
トレードマークのニット帽を脱ぎ、髪から滴り落ちる水を払いながらライトが指差したのは、街の一角のひとつの小さな廃ビルだった。
廃墟、といっても先程見えた管理外区域のものと比べても状態は悪くない。
風化もそれほど見られず、窓や戸等もきちんと付いたままである。
どうやら建物が放置されてからさほど時間は経っていないようだった。

「よ、ようやく着いたんですね……」
意識を取り戻したシャーラがうわ言のように呟く。
「フォル君もおんぶありがとうございます。なんだかクルマに乗せていただいたような……そんな心地よい気分でした……乗ったことありませんが」
「クルマはおんぶなんかよりもっと快適だよ」
疲れからか意味不明な台詞を発したシャーラを冷静に制するフォル。
「それより大丈夫、立てる?」
「えぇ、はい。なんとか」
「吐いたりしない?」
「は、吐きません!!!!!」
フォルはゆっくりとシャーラを下ろす。
少しだけおぼつかない足取りであったが、どうやらシャーラは自力で立てるまで体力が戻っていたようだ。
「……わたし、自分が腑甲斐無いせいで皆さんに迷惑かけちゃいましたね」
申し訳なさそうに頭を下げるシャーラ。
自分のペースに合わせずに皆が歩いていれば、雨足が強くなる前にここへ辿り着けたのだろうか、と彼女はぼんやり考えた。
よもや自らの体力のなさがこうして誰かの足枷になってしまうとは、シャーラ自身あの城にいた頃には思いもしなかったのである。
「え、ちょ、わ、待って、んな風にお堅くせず自然な感じでいいんスよシャーラさん!」
王族に頭を下げられ、妙な緊張を感じたライトが慌ててなだめる。
「そうですか……?で、でも自然な感じというのは……すいません、あまりそういうのに慣れていなくてどうしたらいいのか…………」
戸惑いながら顔を上げるシャーラ。するとそんな中、フォルがぼそりと隣で呟いた。
「呼び名をもっとフランクな感じにしたら?」
「フランク……な、なるほど!」
シャーラはそう言って数秒黙りこんだかと思うと、何かを決したような顔で不良達三人組に向き直る。
「えーっと……ライト¨君¨!」
「おす!」
「ノイ¨君¨!」
「ハィ!」
「チトセ¨ちゃん¨!」
「はーい」
どうやら言われた通り、シャーラはさっそくフランクな呼び方を実践することにしたようである。
「ど、どうですか……?」
彼女は僅かに顔を赤くしながら、おそるおそる不良三人の顔に視線を向けた。
「なんか……すげェドキっとするッス……!」
左胸をおさえながらノイが答えた。
「アタシら¨くん¨とか¨ちゃん¨ってタマじゃないから照れるな……」
チトセも照れ臭そうに頬をかく。
「シャーラさんこれ……別の意味で緊張するッスね……」
「えぇ!?や、やっぱりやめた方が……」
「いやいやいや!!!このままでいいッスよ!!っていうかこのままにしてくださいッス!!!」
「そうですか……?」
「そうッスよ!!!」
三人の中で一番もっともらしい反応を見せるライト。
シャーラにはいまひとつその意味がわかっていなかったようであったが。
「ーーーーえーっと、オホン、そんなことより……」
わざとらしい咳払いをして調子を戻すライト。
「ここはさっきも言った通り、管理外区域の手前んところにあった空きビルをオレ達が使ってるんスよ」
彼はもはや動くこともない自動ドアを手で開け、フォル達に中へ入るように促す。
「じゃあおじゃましまーす」
フォル達が入っていくと、まず意外と廃墟にしては小綺麗であることに気が付いた。
多少埃っぽさは感じられたものの、廃墟らしい不気味さは一切なく、動力は届いていなかったが設備や家具はそのまま残っている。窓もひび割れてはいるがしっかりとついており、雨風を凌ぐには申し分なかった。
さらに奥へ進むと、ところどころにカラースプレーで描かれた変なラクガキが目につく。不良達が描いたのだろうか、それは上の階へ続く階段へ向かうに従い多くなっていた。
ライト達が主に使用しているのは二階部分のようだ。
「でもいいの?廃墟とはいえ勝手に住み着いちゃって……」
「あーいいんスよいいんスよ」
フォルの疑念をライトはすぐに否定する。
「ここも半管理外区域みたいなもんなんで、アンモクのリョーカイ?ってヤツッス」
「なんですかそのアンモクのリョーカイって……ひゃ!?」
「はいはーいお姫様には聞かせられないお話だよー」
不良達の知られざる脱法事情を純粋無垢で清廉潔白なシャーラに聞かせるわけにもいかず、フォルはすかさず彼女の耳を塞ぐ。
ライト達がここを半管理外区域と呼ぶのも納得で、あちら程ではないにしろこちらにも少なからずルールの抜け穴のようなものが存在しているようだ。

「さて、この二階がオレらの居住スペースッス」
ライトは一番に階段を駆け上がって言った。
この二階は一階とは異なり、ライト達が住まうにあたって大々的な改装が施されていた。
元々居住スペース付の事務所跡のようなものだったようだが、事務所にあたる部屋にあるものが殆ど撤去されており、代わりにどこから持ってきたかもわからない畳やマットで六つ程のエリアが形成されていた。
個人の部屋のつもりなのだろうか、そのエリアは申し訳程度の仕切りで区切られ、扉のようなものはない。
とはいえ、元の部屋がそれなりに広いため、場所の取り合いになっている様子はなかった。各々が各種自らの趣味や必要品を持ち込んでいるようだ。
だが個人のエリアといっても、布団やベッド等までは見当たらないため、おそらく大体の生活用品は居住スペースにあると思われる。

「雨で濡れたし着替えた方がいいなー」
ライトがニット帽を外しながらそう呟いた。
「フォルさん達も風邪引くし着替えた方がいいよ」
チトセもまた自らのジャージを脱ぎながら言う。
「俺は帽子とコートを脱げばいいけど……シャーラちゃんは着替えないとマズいね。透けてるし」
「へーそ、そうなんスか」
フォルの言葉を聞き、意識してしまったのか露骨に視線をシャーラから逸らすライト。
逆にノイは横目でチラチラとシャーラを見始めたため、隣にいるチトセに蔑んだ瞳を向けられていた。
「着替えがないから今はとりあえず服は貸してもらおう、シャーラちゃん………………ダメだ、また聞いてない」
フォルもフォルで、シャーラを下心にまみれた視線から救うために濡れた服を乾かすことを提案した……はずだったのだが。
「ここが噂の隠れ家、『アジト』なんですね!」
当の彼女は雨で濡れていることなどお構いなしに、まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように目を輝かせ、話を聞く耳すら持たない状態となっていた。
彼女は物珍しそうに周囲を見渡しながら、本でしか知ることのできなかった¨アジト¨への興奮を抑えきれないでいるようだ。
彼女の悪い癖だった。のめり込めばなかなかに抜け出せない。

「こちらには一体何がーーーーわっ!?」
そんな好奇心旺盛な性分が招いた事故か、シャーラが奥の方へ進もうとした瞬間、目の前に現れた二人の少年と一人の少女の三人組と追突してしまう。
「ひっ、だ、誰だアンタ!!!」
「ちょっとなぁにぃ?」
「侵入者か!?」
一人はガタイのいい大柄な少年。一人はスカート丈の長いセーラー服を着た少女。一人はライトくらいの年齢であろう短髪の少年。
彼らがライト達が言っていた舎弟だろうか、いずれも目の前に現れた謎の銀髪の美少女を警戒しているようだった。
「どこから来た!?」
ガタイのいい大柄な少年が問う。
「アニキに何か用でも?」
セーラー服を着た少女が問う。
「…………」
短髪の少年は黙ったまま、シャーラの濡れて透けたブラウスを凝視していた。
「え、えっと……」
一度に三人に迫られたシャーラが困惑の表情を見せていると、ライトがひょこっと彼女の後ろから顔を出し、
「シド、レミ、ソラ、この人はオレのお客さんだぞ」
三人の少年少女に向けてそう御した。
この「シド」「レミ」「ソラ」というのはどうもこの三人の名前らしく、それぞれ、大柄な少年がシド、セーラー服の少女がレミ、短髪の少年がソラ、というらしい。
「「「……はッ、アニキ!」」」
息ピッタリの反応を示す三人。
だがそれも一瞬で、すぐに彼らは各々畳み掛けるようにシャーラへの質問を繰り出す。
「お客さんって一体!?」
「どんな関係なんですか!?」
「………………おおきい……」
一人だけ反応が違うが。
「待てお前ら!一個一個説明するから」
ライトの声でまたもや三人が止まる。
その様はまるで躾けられたサーカスの動物達のようだ。
¨アニキ¨と呼ばれているあたり彼らの扱いには慣れているようである。

「じゃあハイほら、シャーラさんはとっとと着替えて!」
ライトが三人に事情を説明する間、チトセがきょとんと立ちつくしていたシャーラに呼び掛ける。
「は、そういえばそうですね……でも替えの服を持っていなくて」
「アタシの貸してやるからいいよ」
「え、でも……」
「いーの!!」
ほらいくぞ、とチトセは遠慮するシャーラの背を若干強引に押しながら、着替えさせるために奥の部屋へと連れていった。

「……あらら、行っちゃった」
コートと帽子を外して軽装になったフォルが呟く。
すると、ライトもチトセも出払った中、一人取り残されたノイがひょっこりと顔を出した。
「フォルさんも着替え貸すッスよ。こっから上の階、俺らの物置きなんで服とか結構余ってるし…………前の所有者のものっぽい変な着ぐるみとかもあるんスけど」
「いや、このままで大丈夫だよ」
ノイの着替えの提案にフォルはやんわりと断りを入れる。
「…………それより、雨がやむまではしばらくここにいさせてもらうことになる、かもね」
フォルが窓の外へ視線を向けると、多量の雨粒が勢いよく窓を叩きつけていた。
窓はガタガタと不安定に揺れ、しばらく収まる気配はない。

こんな大雨は久々だ。
ライト達には少しの間迷惑をかけてしまうであろうことをフォルは薄々感じながら、とりあえず今はシャーラの着替えが済むのをぼんやり待つことにしたのだった。