そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

三章 交差①

しばらく街の観光をしていたフォル・A・バイムラートとシャーラ・I・ディザスターの二人はいつしか、ちょっとしたレストラン街のような場所に来ていた。
灰色のビル群の片隅に、決して主張し過ぎることはないものの、確かな存在感を放つ場所。
入り口のゲートのようなものをくぐると、幾多の料理屋の洒落た看板が来客を出迎え、まるで別世界に来たかのように賑わっている。
相変わらず味気ないビルが、曇り空と中に背景としてそびえていたが、それすらも大人っぽさを演出する舞台装置のように感じられた。
この中にいるだけで、辺りから漂ってくる料理や食材の仄かな香りが鼻孔をくすぐってくる。
シャーラも、そんな料理の香りに食欲をそそられていた一人であった。
彼女は道行く店全ての、ショーウィンドウに並ぶ食品サンプルを物欲しそうな顔で眺めていたかと思えば、突然はっと我に返ったかのように首を振る、ということを繰り返していた。
まだだ、まだだ、と自分に言い聞かせても、時折彼女の口元からは涎が垂れそうになっている。
「あ、あの、フォル君……い、今は何時でしょうか」
昼食が待ちきれないシャーラは、探るような様子で隣を歩くフォルに現時刻を訊ねた。
「丁度午前の十時だよ」
「えっ、まだそんな時間なんですか」
予想よりも早い時刻だったことに驚くシャーラ。
それもそのはず、いつもより早めにとった朝食の影響で、体内時計がわずかに狂っていたのだ。
当然、昼食を欲するのもいつもより早くなっている。
「もしかしてもうお腹空いたの?」
フフッと鼻で笑うフォル。
「はい、実は……」
シャーラは若干頬を赤らめ、呟くように答える。
「じゃああと一時間後。いつもより早めの昼食になるけどいい?」
はやる気持ちを抑えつつ、彼女はにこりと笑顔を見せて頷いた。
「はい!喜んで」

――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~!

「~~~~~ッ!」
と同時に、彼女の腹の虫も盛大に鳴き声を上げ、彼女の顔は恥ずかしさのあまり熟した林檎のように赤く染まってしまうのだった。



午前の十一時を少し過ぎた頃。
依然として空は曇っており、気持ち気温が低く感じられる。
「さて、約束通り、ちょっと早いけどご飯にしようか」
「はい!」
フォルのその言葉を待っていました、と言わんばかりに目を輝かせるシャーラ。
通算十回、彼女はフォルの前でたびたび腹を鳴らし、その都度彼女はフォルにからかわれるというやり取りを行った。
「ふふふ、先程からあなたに意地悪されている間に行きたいレストランの目星は付けておきました」
してやったぞ、と得意気な顔をするシャーラだったが、実際にはフォル自身何もしてやられていない。
だがそんなことは気にもせず、シャーラは自らが真剣にチョイスしたであろう店へフォルを誘導した。

「あちらです!」
「え、あっち?」
そこは賑わっているレストラン街の雰囲気とは一変、人気のない細い路地であった。
「この店です!先程ちらっと見えて気になったので……」
彼女が指し示したのは、「料理ハウス」というダサダサの看板を引っ提げた、なんとも形容し難い怪しげなレストランだった。
「な、なんだあれ……」
フォルはあんぐりと口を開けたまま、人気のない路地の奥に存在するその店を二、三度見た。
どぎつい紫ベースの奇怪な色で壁に、髑髏やお札や悪魔に似た像といった、明らかに何かに取り憑かれてそうな雰囲気の装飾が施されたそれは、このレストラン街で浮きまくっているどころか、街並みの雰囲気自体を壊しかねないほどに異質であった。
「見てくださいフォル君、料理もこんなに種類が豊富です!」
シャーラが店前に展示された料理の写真を眺めながら言う。
フォルも倣ってそれを見る。
カレー、ラーメン、オムライス、ハンバーグ等、メニュー自体は至って普通のようである。
しかしそれでも尚怪しい。
コンソメスープを注文したらコウモリのスープが飛び出してきそうな、そのあまりにも胡散臭い店の風貌に、フォルは思わず苦い顔をした。
「さっそく入ってみましょう!」
「は?」
「はい?」
数秒互いの時間が停止する。
「シャ、シャーラちゃん……ここはやめといてどこか他の店にしない?」
ドン引きしているフォルとは対称的に、シャーラは瞳の星模様が煌めいている。
「どうしてですか?こういう場所こそ、"知る人ぞ知る名店"というものではありませんか?」
「どこで覚えたのそんな言葉」
フォルは、まさかシャーラも本気でこんなクセモノの店に入るわけないだろう、と高を括っていた。
だが残念なことに、彼女は本気でこの店に行くつもりらしい。
一瞬、フォルはシャーラが空腹でおかしくなってしまったのかと疑ったがそうではない、彼女はただ興味津々なだけのようだった。
確かに、興味を引くような風貌ではあるとはいえ、フォルがそれに「じゃあ行こうか」と了承するかどうかは全くの別問題であるし、彼にとっても、こういった明らかに人を選ぶ店はあまり気が乗らない。
そういったわけで、彼はなんとかシャーラに思い止まらせようと思案し始めていた。
すると、

「――――ねぇ、おにーさん達は今からこの店に入るんですか?」
ふと近くから知らない声で話しかけられる。
フォルとシャーラが訝しげに声のする方向へ振り返ると、そこにいたのは双方共に赤みがかった茶髪をした、十代前半ほどの非常によく似た顔立ちの男女二人。
双子だろうか、とフォルは判断する。
仮に違ったとしても、この二人が血縁関係者であることは誰が見ても一目瞭然であるだろう。
「そうなんです、実はわたし達は今から昼食でして……」
フォルが不信感を混じえた視線で双子を見ていると、シャーラが何の躊躇いもなく双子と会話をし始める。
人を疑うという概念がない彼女に対し、フォルが必死に「構うな」という意を込めて目配せをしたが、時既に遅く、彼女はいつの間にか双子と会話が弾むまでになっていた。
もはや、彼一人が止めさせようとしたところでどうにもならない。
「――へぇ~そうなんだ!……ここを選ぶなんてセンスあるよね、デクレ」
「そうだね、クレス」
クレスと呼ばれた少女が問いかけると、デクレと呼ばれた少年から打てば響くように返答が返ってくる。
(センス……センス?)
フォルが心の中で疑問を重ねる。
自分には到底理解不能な会話だ、と彼は半ば呆れた様子でシャーラと双子のやり取りを見ていた。

「――――ところでさ、おねーちゃん」
不意に、クレスの口調が一変する。
「¨ようじんぼう¨、雇いませんか」
それにすかさずデクレが続いた。
「用心棒……ですか?」
突然浮上したその単語にシャーラが小首を傾げると、双子は自分達を指して、宣言するように言う。
「私達結構強いんだよ!」
シュッシュッとパンチをするような動作をとるクレスの後ろで、デクレが解説するような口調で話し出す。
「実は僕達、こう見えて¨ようじんぼう¨として様々な人に雇われながら、日々の生活費を稼いでいます。……あ、心配しなくても実力は保証しますよ」
それに、とデクレが続ける。
「この町は何かと物騒です。裏の世界の住人がわんさかいると小耳に挟みました」
シャーラは双子の話に耳を傾けつつも、時折意見を求めるようにフォルの顔を見ていた。
それもそのはず、いきなり自分より年下である双子に、用心棒として雇ってくれと言われれば誰でも困惑する。
「ただの噂だよ。気にすることないって」
新手の子供を使った詐欺か、とフォルは怪しむ。
彼は適当に会話を流し、早々に双子をこの場から退散させようとしていた。
が、双子――クレスとデクレはそれを快く思っていないようで、仏頂面のままセールスを続ける。
「むっ。そこのおにーさんは危機管理能力が足りてないみたいですね」
「そうだそうだ朴念仁ー!この町は危険がいっぱいなんだよー!誰かが守ってあげなきゃいけないのー!」
いつしか彼らは、不服そうにフォルへの文句を垂れ始めていた。
フォルはしばらく、その連続ジャブのように浴びせられる文句を聞いていたが、不意に何かを思い付いたかのような顔をすると、ニヤリと笑って見せる。
「……いいよ、じゃあ用心棒なんて要らないってわからせてあげるよ」
すると、彼の目付きが一気に鋭くなった。
「なんだなんだっ、おにーさんやる気なのーっ!?」
「僕達を侮ってもらっては困りますよ」
対する双子もまた、攻撃的な視線をフォルへ向け始めている。
びりびりと、空気が緊張を帯び始めていた。
「ちょ、ちょっと皆さん……!」
シャーラがようやく緊迫した雰囲気に気付き止めに入ろうとするが、その時には既に辺りは空気が重みを増し、四方から圧し縮められるような感覚に支配されていた。
フォルと双子の両者共に、シャーラの言葉を聞こうとはしなかった。
張り詰めたその空気の中で、フォルと双子は互いにじりじりと睨み合う。


そして、


「はッ!」
フォルが先に動き出した。
「落ち着いてください!喧嘩は駄目ですよ!」
シャーラが訴えかけるのも空しく、双子の片割れ――――デクレへ、フォルの素早い蹴りが炸裂する。

――かに思われたが、すんでのところでデクレは身を捻ってかわし、懐から小型のナイフを取り出す。
「いきなり危ないですね……!」
そして反撃と言わんばかりに、フォルの蹴りを繰り出した方の脚へと斬りかかった。
「おっと」
だがフォルは、まるでそれを動きを読んでいるかのように避ける。
流れるようなナイフの軌跡を、のらりくらりと、いとも容易く。
彼の表情は余裕そのものだった。
「ははは、用心棒ってだけはあるじゃん」
フォルは一頻りの攻撃を避けきると、くっと脚に力を込め、ナイフを避ける過程で後退していた身体を前に押し戻した。
そのままカウンターを仕掛けようと前へ飛ぼうとするが、ふと、背後の違和感に気付いた。
「…………!?」
だが、彼が違和感を覚えたその時はもう既に遅かった。
「クレス!」
デクレの声がすると同時に、フォルは何者かに背後から腕を掴まれる。
そしてそのまま、彼の体重を利用される形で硬いアスファルトの地面へと叩き付けられてしまう。
「ぐッ」
頭から全身へ衝撃が走り抜ける。
だがその痛みが止む前に、彼の首元にはナイフが突き付けられていた。
その背後には冷徹な視線が、獲物を屠る時を待つかのように存在している。
双子の片割れ――クレスのものだった。
彼女の姿はフォルに見えてこそいなかったが、彼はクレスが背後で不気味に笑っているのを直感していた。
「…………降参する?」
彼女は確かめるようにフォルに問う。
それに伴い、首元に突き付けられたナイフが、首を掻っ切ろうと徐々に力を増していった。
まるで、早く降参しないと切っちゃうよ、とでも言いたげに。
だが、
「しないよ」
フォルはあっさりと答えると、彼を押さえ込んでいたクレスを、力任せに振り払った。
クレスは立ち上がらせまいとフォルを押さえようとするも、その力の強さに敢えなく敗れる。
「うわ、すっごい力……!」
思わず驚愕の声を上げるクレスだったが、間も無くフォルのパンチが彼女の腹を捉える。
「うげっ!」
そのままクレスは壁際まで飛ばされ、コンクリートでできたビルの壁に身体を打ち付けてしまう。
受け身をとる余裕もなく、彼女はどさっと地面へ倒れ込んだ。
「ちょっと、フォル君!」
そのすぐ傍にいたシャーラが口を尖らせて叫ぶが、フォルは何処吹く風といった様子で気にも留めなかった。
「あぅぅぅぇぇ……で、できゅれぇぇ~……」
フラフラとした動作でクレスが立ち上がろうとする。
彼女は再度デクレの援護に回ろうとするも、フラフラと千鳥足で前に進むことはできず、すぐにその場にへたり込んでしまった。
その様子を見ていたフォルは、ククッと小さく笑う。
「……これで残り一人になっちゃったみたいだね」
デクレは若干の恐れを混じえた、驚きの表情でフォルを見ていた。
「恐れ知らずですね、おにーさん……もしナイフが食い込んで頸動脈を切っていたら死んでたかもしれないのに」
「恐れ知らず?」
違うよ、と嘲笑。
心配そうに戦いを見つめるシャーラを横目に、フォルは貼り付けたような笑顔で言った。
「死ぬわけないって思った。ただそれだけさ」
「大した自信ですね」
デクレの声がかすかに震える。
「用心棒は必要ないと言っていたのもわかる気がします」
平然とした態度を保とうとするデクレだったが、クレスを圧倒したフォルにとって、それが何の意味も為さないということは、デクレ自身が強く理解していた。
彼の言葉に、ふーん、と適当な相槌を打つフォル。
「……もう終わりにしよう」
もう十分だ、と言わんばかりに彼は言いのけた。
彼はほんのわずかに帽子の鍔を下げると、少し腰を落とし、構えをとる。
「そうしてくださると助かりま――――」
デクレが言い終わるのを待たずに、フォルはデクレの目の前に迫っていた。
「な……!?」
「でもその前に、悪い子供には躾が必要みたいだね」
フォルの黒い笑みが、デクレを真正面に捉えていた。
避けられない。
デクレは思わず目を瞑った。
そして、



「――――うひゃははははははっ、ひぃっ、あはははははは!!!!」
気付くと、フォルはデクレへのくすぐり攻撃を開始していた。
脇を重点においたくすぐりが、デクレの全身から力を奪う。
「こちょこちょこちょ~」
「うははっ、やめ、やめてくださっ、うひ、ふざけひはははっ!!!」
「えっ、えぇえ……」
シャーラとクレスの女性二人は、今までの緊迫したムードとはかけ離れた、そのあまりにも珍妙な事態にしばらく呆気に取られていた。
「……降参する?」
「だ、誰がっ、うはは、ひひっ、ふにゃははははは!」
デクレが頑なに降参しようとしないとわかったフォルが、くすぐりの勢いをさらに強める。
「ほらほらほら」
「にゃああああああああ~!!」
フォルにされるがままの無様な醜態を晒すデクレ。
最初こそ抵抗の姿勢を見せていたデクレだったが、とうとう耐えきれずに根負けしてしまう。
「うにゃはははははごめんなさい降参です降参します!!!」
デクレが半分笑わされながら負けを認めるや否や、すぐに地獄のくすぐりから解放される。
「――――っ、ふぅ、なんてことをするんですか!」
ようやくデクレが元の調子に戻る。
「はい、おしまい」
フォルが軽く手を叩きながら言った。
「…………どうやら、¨ようじんぼう¨は必要ないみたいですね、おにーさん」
降参です、とデクレがふっとため息をつく。
「おにーさん強いね!」
クレスもそれに続いて言う。
先程受けたダメージはもう回復したようで、彼女はとてとてとデクレのもとへ駆け寄っていた。
そして、二人は何やらひそひそと三、二言ほど言葉を交わすと、互いに小さく笑う。
「強いおにーさんがいるなら、また新しい雇い主を探さなきゃね、デクレ」
「そうだね、クレス」
双子は互いに頷いた。
すると何かを示し合わすかのように二人がアイコンタクトをとった。
揃った動きでフォル達の方へ向き直り、最初にデクレがぺこりとお辞儀をしながら言った。
「では、ぼくたちはこれで。お騒がせしました」
「じゃあね~ばいば~い!」
クレスもそれに続くように一礼し、手を振りながらデクレと共にその場から立ち去っていった。
「またどこかでお会いしましょう!」
双子に負けじとシャーラも手を振り返し、彼らの後ろ姿を見送る。

やがて双子の姿が人混みに消えていくと、彼女はゆっくりと手を降ろした。
「変わった双子さんでしたね……」
「まさかさっそくあんなアクの強い人間に出会うとはね」

フォルは双子の消えた、薄暗い路地奥の人混みを横目にしつつ、あの双子の片割れが言っていた言葉を思い返していた。
「この街は物騒、か」
常々シャーラに危害が及ばないよう気を付けておくか、と半ば軽い気持ちで決める。

――ふと、フォルはシャーラが自分に何か言いたげな視線を注いでいることに気付いた。
「どうしたの?」
フォルはシャーラの方向へ振り向くと、彼女は一瞬だけ悲しげな表情を見せた。
そして振り絞るように言う。
「あまり、先程のような無茶はしないでくださいね」
フォルは一瞬何のことかわからないといった顔をするが、すぐに先の双子との戦闘のことを思い出す。
掻っ切るように首元に押さえ付けられたナイフ。
確かにあの状況では、無茶をしたと言われても仕方がなかった。
「……あぁ、気を付けるよ。ありがとう」
フォルはいつもの作り笑顔で応対するが、シャーラは依然として心配そうに彼の顔を見つめている。
「大丈夫。さっきも言ったけど、あれは死なないと思ったからやっただけだよ。……死ぬような真似はしないつもりだから」
「そうですか……それなら、いいのですが……」
そんな顔をしなくても、きっと自分が死ぬことなんてないのに、とフォルは思った。
わからない。
何故シャーラは、他人の不幸をまるで自分の不幸として感じ、悲しむことができるのか。
何故、そんな悲しい目で自分を見るのか。
フォルはただ不思議そうに彼女を見つめるばかりだった。

「――――ところで、あの、そろそろお昼ご飯に……」
再びシャーラの腹の虫が鳴る。
「うっ、すいません……さっきからお腹が空いていて……」
「えぇ、でもこの辺に料理屋は……げっ」
瞬間的に、フォルが目の前にそびえる「料理ハウス」から目を反らす。
至って平静であろうとするフォルだが、彼の身体からは、そこは違う、別の所にすべきだ、というオーラが滲み出ていた。
だが彼の思惑とは裏腹に、シャーラの視線だけはしっかりと「料理ハウス」へ向いている。
彼女は、間違いなくこの胡散臭い店に入るつもりだ。
「………………」
「………………」
数秒間互いに黙りこむ。
すると突然、シャーラがにんまりとした表情を浮かべた。

次の瞬間、彼女は迷うことなく「料理ハウス」へと入っていく。
「えっ!?ちょ、ちょっと待って」
唐突な事態にフォルが慌てて止めようとするが、止める間も無くシャーラは入店してしまっていた。

「…………入るのか……」
昼も外食なんかせずに自分が作るべきだった、という小さな後悔をしつつ、彼は大きなため息をつくと、おずおずとした様子で「料理ハウス」に入っていくのだった。