そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

三章 旅人②

日の光を遮る鉛色の曇り空の下に、無表情な高層物達が規則正しく並んでいた。
薄黒いアスファルトの道路には、魔力を原動力とした乗り物達が行き交い、その脇の歩道には、人々がひしめき合いながら歩いている。
この町――――ルクリフィアは、ここ数年での急速な魔法技術の発達、新たな管理体制、さらには建造物をはじめとした景観に関わる全てを一大リニューアルしたことにより、現在のような大都市へと変化を遂げたのである。

「とても賑やかな所ですね」
シャーラ・I・ディザスターは、忙しなく往来する人々の姿を珍しそうに眺めていた。
「大都会だからね」
その隣では、フォル・A・バイムラートが慣れた様子で佇んでいた。
現在彼らがいるのは飛空艇を停めた港からすぐ傍の、街の入り口のような場所であったのだが、そこは既に人々が溢れかえっており、街の入り口等とは微塵も感じさせないほどであった。
だがそれは、活気が良いながらも落ち着いた雰囲気であった「厄災の国」とは似て非なる、どこか機械的な雰囲気。
目まぐるしく変化し続け、それでいて無機的な印象を与える。
シャーラが興味を惹いているのも、そういった雰囲気の違いからであった。
「な、なんだか目の前がぐるぐるしてきました……」
が、彼女は早くも都会特有のヒートアイランド現象にあてられ、目眩にも似た症状を覚えていた。
「前みたいに街中で吐いちゃダメだよ」
フォルが意地の悪い笑みを浮かべながら言う。
「ちょっと、思い出させないでくださいっ!」
シャーラは口を尖らせる。
だがフォルは気にしないどころか、むしろそれすらも楽しんでいる様子で、終いにはシャーラの怒りで膨らんだ頬をぷにぷにと突っつき始める有り様であった。
「……で、お外の空気はどうですか、お姫様」
まるで人形遊びでもするように、ぐにぐにと一国の姫を弄り倒している男が言う。
「とても開放的な気分ですよ。……フォル君さえ意地悪してこなければ」
シャーラは仏頂面になりながら、そっとフォルの手を自らの頬から引き離す。
「というよりわたし言ったじゃありませんか!わたしのことは¨お姫様¨でなく、ちゃんとした名前で呼んで欲しいと!」
厄災の国での一件以来、シャーラはフォルに、自らの事を名前呼びするように頼んでいた。
彼女が言っていたそれは、人前で堂々と「お姫様」と呼ばれるのは少々恥ずかしいものがある、といった意味合いの言葉であったはずだが、
「大丈夫だよ、仮にも一国のお姫様なんだから何も恥ずかしいことなんてないって」
フォルが軽めのノリで返すも、それが不満だったのか、シャーラが瞬時に彼に詰め寄っていた。
「それだけじゃありませんっ!」
「ええっ」
シャーラの剣幕に、フォルは一瞬たじろいでしまう。
「えっと、その」
しかしその勢いはすぐに弱まり、彼女は躊躇うような様子で言葉を詰まらせる。
やがて、もはや後に退けないと思ったのか、やや頬を赤らませながら彼女が言う。
「――――恥ずかしいのはありますけど……それよりも、わたしはフォル君には王族としてではなく、¨普通の友達¨として接していただきたいんです」
普通の友達。すなわち自分と対等な間柄というのは、彼女にとって非常に貴重なものである。
その生来の資質から、今までの人生を隔離されるかのように城の中で過ごしていたシャーラにとって、フォルは初めて対等に、そして目的を共に出来るような存在だった。
それ故か、彼女はやたらと¨友達である¨ということに固着していた。
それは彼女自身の拘りなのかもしれないし、或いは今までの寂しさの裏返しであるかもしれない。
彼女は後に弱々しく「ダメですか……?」と気色を伺うような面持ちで言う。
フォルは困惑を交えた表情ながら、「わ、わかったよ」と吃り、勢いのまま頷いてしまった。
「……!ありがとうございます」
それを聞いたシャーラの表情がぱっと明るくなる。
瞳の中の星模様が一層輝きを増し、少女の純粋な笑顔が溢れた。
「あっ、す、すいません!」
だが自分で言った事がどうやら後々から恥ずかしくなってしまったのか、彼女はすぐに顔を伏せてしまう。
彼女の耳先はほんのりと赤く染まっていた。
「は、は早く街の中へ入りましょう!」
誤魔化すようにそう言ったシャーラは、フォルの手をやや強めに引くと、すたすたと街の中へ入っていくのだった。


赤や緑といった点滅を繰り返す機械。道路で目まぐるしく交差する魔法動力の乗り物達。前が見えているのかすら危うい、小型の端末を片手に歩く男性。ハンバーガーやクレープといった食べ物を頬張りながら談笑する若い女性達。
街の入り口にもそういったものはあったが、街の内部はさらに顕著であった。
シャーラは、淡々と目に入ってくる景色を食い入り気味に見ていた。
「しばらく見てみましたが……本当にここはわたしの国とは違うんですね」
機能的に舗装された歩道を歩きながらシャーラが呟く。
「君のいた国みたいに王政をしている所なんて、今では数えるくらいしかないからね」
「えっ、そうなんですか!?」
フォルが何ともない様子で告げると、シャーラが意外そうな声を出す。
「えっと、……昔にあった大きな魔法戦争については知ってるよね」
やや困惑した様子で口を開くフォル。
「はい、それについての文献は何度も読みました」
魔力という粒子が発見された当時、革新的な技術の発達の裏では、有能な魔術師のみを集めた「魔術兵団」が、従来の軍隊を淘汰しつつあった。
兵は魔法を用いるため装備は最小限に留めることができ、尚且つ自然をも支配しかねない魔法という技能は、それだけで戦況を大きく覆す。
それ故、この魔術兵団は比較的力の弱い国ほど積極的に組織されることとなり、次第に魔法の持つ力に溺れるようになった彼らは、とうとう他国への侵攻をも目論むようになっていく。
やがて魔力を引き金とした小さな国同士の啀み合いは、止める者もいないまま大きな戦争へと変貌していった。
世界全土をも巻き込んだその戦争は、およそ百年余りにも渡って長引くことになる。
抗争は長引けば長引くほど激化し、それだけ国は滅亡し、それだけ争いの頻度が増え、それだけ人が死んだ。
だが人類全てを滅ぼしかねなかったその戦争は、いつしか勝者も敗者もわからないまま静かに鎮静化していくこととなる。
結果として、戦争によってできた国同士の溝のみが浮き彫りにされることとなり、元は一つに統合されていたはずの世界は分断、それぞれが独自の文化を持った国々に分かれ、かつて平和そのものと呼ばれていた時代は脆くも崩れ去った。
現在では、戦前の名残はかつての統合されていた時代に用いられていた共通の言語のみとなった。
だがそれは、多くの爪痕を残した争いであるとともに、皮肉にも現在に残る多様な文化を生み出すきっかけでもあったのだ。

戦争が消えた今は平和だ。それも恐ろしいほどに。

「悲しいお話です。最初に魔法を発見された方はどう思ったのでしょう。だって、その人は皆さんの暮らしをより良くするために研究をされていたはずなのに……」
シャーラは憂いがかった顔で少し俯いた。
「誰かの為に尽くした事が、結果的に自分を追い詰めることになるなんて酷い話だよ」
この世界に魔法という概念が誕生したのは、とある研究者が魔力という新たな粒子の存在を発見したからである。
だがその人物は、先の戦争の発端として歴史からその名を消された。
戦争の原因は何であれ、元は魔法の一般化から起こったものだ。
故に、争いによって生まれた人々のやり場のない怒りは、不幸にもその研究者に向くことになってしまったのだ。
今でこそその人物を評価する声が多く上がってはいるが、現在に至るまでその名前を知る者はおろか、その名前を記した記述すら存在が確認されていない。
わかっているのは、かの魔法戦争の全ての罪を背負わされ、歴史の闇に消えた一人の研究者がいた、ということのみである。
¨後の祭¨とはこのことだな、とフォルは嘲た。
「…………」
ふと、彼はシャーラの顔を覗いた。
「どうかしましたか?」
「いや、別に」
すぐに目を逸らすフォル。
「会ったこともどんな人なのかもわからないその研究者にそこまで感情移入できるなんて、やっぱり変わってるよ、シャーラちゃん」
「えっ?」
「……別に深い意味はないよ」
フォルは素っ気ない態度で答えた。
彼には、シャーラ・I・ディザスターという人間の事がますますわからなくなっていた。
まるで善と美だけの世界に住まう、童話の中のヒロインが現れ出でたようにすら思えてくる。
実際、彼女自身もこの世界が清く正しく美しいものであると信じているのだろう。
フォルは、自分と彼女では視えている世界が根本的に違うのだと、改めて痛感させられていた。
いつしか彼は、そんな彼女を羨ましく思い始めていた。
だがその反面、嫉妬や嫌悪にも似た感情が自らの内で渦巻いていることを、彼はうっすらと理解していた。
(本当、可笑しいくらいに変わり者だよ、君は)
フォルは心の中で呟くと、そっと帽子の鍔を下げた。
シャーラという存在を、その光を、その善と美を避けるようにして。