そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

三章 旅人①

一機の黒い飛空艇が、上空を飛んでいた。
竜の姿を模したそれは、安定した軌道を描きながら雲の隙間を滑るように移動している。
乗っているのはわずか二人。フォル・A・バイムラートという少年と、シャーラ・I・ディザスターという少女のみである。
彼らは旅人だった。
様々な国や町を回り、そして様々な人々との出会い別れを繰り返して生きる、所謂自由人のような者達だ。
もっとも、シャーラにとっては今回が初めての旅出ではあるが。


薄暗い紫色の空に、うっすらとオレンジの光が射し込んできた頃。
シャーラ・I・ディザスターは、飛空艇内に設けられた自室のベッドで、すやすやと心地良さそうな寝息をたてていた。
この無防備にも涎をたらしながら眠る少女こそ、かの「厄災の国」と呼ばれる王国の姫君である。
年齢は十七歳。清楚で美しい容姿を持ち、その銀色の髪は朝日を浴びてキラキラと耀いていた。
しばらくすると、彼女が眠る部屋の戸が音を立てずにゆっくりと開く。
そこから中へ入ってきたのは、少し長めの黒髪に中性的な顔立ちをした、シャーラと同年齢ほどの少年。
彼こそ、この飛空艇の所有者でありもう一人の乗組員である、フォル・A・バイムラートだった。
躊躇いもなく女の子の部屋へと侵入した彼は、ファンシーに彩られた部屋中を見渡した後、王族らしい高潔なベッドで眠るシャーラの姿を見つける。
「朝だよ~シャーラちゃ~ん」
彼はベッドの傍らに座ると、シャーラの体をやさしめに揺すりながら呼び掛けた。
しかし彼女が起きる気配はなく、フォルに幸せそうな寝顔を見せるのみだった。
なんとなく起こすのが申し訳ない雰囲気である。
すると、フォルは何かを思い付いた様子でククッと腹黒い笑みを浮かべる。
彼はクスクスと含み笑いをしつつ、そろりそろりとシャーラの寝顔から離れ、ベッドの端、すなわち足がある所へと息を殺して移動する。
白いシーツを捲ってすぐにシャーラの足裏があることを確認したフォルは、そのまま彼女の足裏を指先でこちょこちょとくすぐり始めた。
すぐに「んっ」と小さな声が聞こえたかと思うと、やがてそれは「ふにゃはははははは」とヘンテコな笑い声へと変わっていった。
駄々をこねる子供のようにじたばたと手足を動かし始めた頃には、シャーラは既に現実に連れ戻されていた。
「ふひゃっ、は、……ひょえっ、フォル君!?」
「おはよう」
目が覚めたシャーラの視界に黒い笑いを浮かべるフォルが真っ先に目に入る。
彼女は一瞬驚きと寝起きによって思考が遅れてしまったが、すぐにフォルが自分をくすぐって起こしたのだと理解した。
「お、おはようございます……」
寝起きのせいか怒ることもできずに普段通りの挨拶をしてしまうシャーラ。
だが、そんな彼女の部屋に躊躇いもなく侵入し、尚且つ彼女の足裏を躊躇いもなくくすぐった犯人は、悪びれもせずにただただ爽やかに笑っていた。
「……って、まだこんな時間じゃないですか!」
ベッドから上体をもそもそと起こしたシャーラは、時計の指針が示す時間を見て愕然とする。
「いやぁごめんごめん、早急に知らせた方がいいかと思って」
どういうことです?とシャーラが訊ねると、フォルは窓に向かってちょんちょんと指を指した。
シャーラは寝起きでボサボサの髪のまま、指し示された通り窓を覗く。
「――町!」
彼女が目の当たりにしたのは、数多のビルが建ち並ぶ町の姿であった。
「ルクリフィア。そんな名前の町だってさ」
「ルクリフィア……」
町の名を復唱しながら感嘆の声を洩らすシャーラ。
「ほら、初めて会って旅の話をしたときに¨ビルが見たい¨って言ってたからさ」
「!……覚えててくれたんですね!」
シャーラは目を輝かせながら、ビルを実際に見れたことの喜びか、フォルが自分の言ったことを覚えていてくれた喜びか、うるうると感激の涙を浮かべていた。
心なしかフォルには彼女の瞳の星模様が一段と煌めいているように見えた。
「さ、もうすぐで到着だし、いつもより早めだけど朝食にしよう。すぐに用意するね」
フォルはそう言うと、台本通りに演じる役者のように変に無駄のない動きで部屋を後にする。
シャーラだけが残された部屋。
彼女は寝起きのぼんやりとした頭のまま、フォルと旅に出た経緯を思い出していた。
(一緒に旅に……ですか)
半ば強引にではあるが、初めて自分の故郷から旅立つことに成功したのだ、と彼女は嬉しさから小さくほほえむ。
この町でどんな出会いが待っているのかと胸に期待を膨らませつつ、彼女は朝食の準備を待つのだった。



「ごちそうさまでした、美味しかったです」
満足気に朝食を平らげたシャーラを見て、フォルは、お口に合ったようでなによりだよ、と言った。
プロの腕前には到底及ばないものの、今まで自炊をしてきた甲斐があってか、フォル自身料理を他人に振る舞うことには何ら躊躇いはなかった。
しかしながら、今彼の目の前にいるこの少女は紛うことなき王族である。
当然、裕福な暮らし、及び豪勢な食事を振る舞われていたはずの相手に、庶民の食事が口に合うはずがないものと彼は決めつけていた。
……が、それも杞憂だったようで、シャーラにとっては王族の食事も庶民の食事も関係がなかったようである。
朝食を済ませたフォル達は、町に降り立つための準備を始めた。
準備が整った頃には、目的地であるルクリフィアが目と鼻の先に迫っていた。
フォルが面倒くさそうに入国手続きを済ますと、指定された飛空艇用の港に飛空艇を停める。
「ビルというものは近くで見るととても迫力があります。なんていうか、こう……巨大な石柱がいくつもそびえ立っているような」
自分の思い付く精一杯の例えを用いたシャーラだが、いまいちフォルには伝わらなかったようで、ビルでそんなに喜ぶ人を見るのは初めてだよ、と流された。
(本当にあの城の外の世界を知らなかったんだな)
フォルは、都会の放つ異様な圧力に圧倒されているシャーラを眺めながら、そんなことを思っていた。
外の世界を知らなかったからこそ、彼女の目に入る全てが新鮮で、輝いて見えているのだ。
彼には少しだけ、そんなシャーラが羨ましく見えていた。
「何だか心が踊ってきました……早く行きましょう、フォル君!」
シャーラは、高そうな白のブラウスとフリルの付いた深い青のスカートに身を包み、飛空艇の窓から見える景色を一望していた。
到底旅をする者とは思えない服装だが、これが彼女のなりの¨旅の衣装¨なのである。
「あぁ、行く前にシャーラちゃん、二つほど約束して欲しいことがある」
「約束、ですか?」
「一つは、なるべくはぐれないように。お姫様に何かあったら大問題だからね」
フォルは便宜上シャーラを預かっている立場になるため、もし彼女に何かあれば責任を問われるのは他でもない、フォル自身なのだ。
「それともう一つ、こっちの方が重要かな」
フォルの声のトーンが下がる。
「俺があの姿――ドラゴンに変身出来るってことは誰にも言わないで欲しいんだ」
「…………?どうしてですか?」
意外そうに首を傾げるシャーラを見ると、フォルはぽんと彼女の頭に手を置いた。
口元は笑っていたが、全体の表情はいつもの帽子に隠れて見えない。
「……深く考えなくていいよ、守ってくれればそれで」
もし守れなかったら、とフォルは付け足そうとしたが、すぐに口を閉じた。
「ごめんね、それじゃあ行こうか」
彼は茶色のトレンチコートを着ると、逃げるようにして先に飛空艇を降りた。
「ま、待ってください!」
シャーラが慌ててフォルを追いかける。
飛空艇から降りた時点では既に、シャーラとフォルの距離は十数メートルほど離れていた。
「もう!はぐれるなと言ったのはそっちじゃないですか~!!」


かくして、仲間とも他人とも言い切れない奇妙な関係の二人が、ルクリフィアの町へと降り立ったのだった。