そめちめとブログと創作放出場

主にオリジナル作品、自分の日記などを載っけていきます。

二章 エピローグ

いつもの部屋のソファーで、僕はナマケモノのようにぐったりと寝そべっていた。

あのブルーアイズとの一件から数日。
ピアニにはそのことについて何も話していない。
理由はいくつかあるが、ざっくり言って盗み聞きの内容が僕らに関わるものではなかったことと、なにより盗み聞きしたとバレたら怒られるのは必至だからである。
故に何も特筆すべき出来事はなく、普段通りだらだらと過ごす日常が続くのみであるのだ。

僕の視界には一杯にこの部屋の天井が写っている。
相変わらずピアニがデスクワークをしている傍らで、僕は自室にあるソファーでくつろいでいるのだ。
特に眠いわけではない。おそらくこのナマケモノ状態はある種の癖になっているのだろう。
ふあ~っと大きなあくびをしつつ、僕は今日の出来事を思い返していた。


――――やや少し前、僕らはようやく釈放されるというシャインを見送りがてら会いにいくことにしていたのだった。

「ああ、君達か…ご迷惑をおかけした」
人気のないもののえらく小綺麗な留置所の出入口。
罪が軽くなっていたおかげですぐに自由の身になった長身のツンツンヘアーの男――シャインは、僕とピアニの姿を見るやいなや申し訳なさそうに頭を下げた。
解放感からか、その表情は初めて見た時よりも柔らかくなっていたように思える。
「よかったですね、すぐに釈放されて」
ピアニが落ち着いた丁寧な口調で言う。
「……ああ、だが利用されていたとはいえ、実行してしまったのは他でもないこの私だ。責任はとらせてもらうつもりでいる」
「責任、っすか?」
シャインの眼光が鈍く光った。
「私は妻子と一緒に遠くの町へ移るつもりなのだ。騎士長をやめてな」
「えぇ!?」
「罪が消えるとは微塵も思わないが、これが今私ができる王への精一杯の贖罪だ」
落ち着いた口調だった。
今になって考えてみれば、そう話すこの男の眼差しは、僕らではないどこか別の、見えない何かへと向けられているかのように思える。
僕は釈然としなかった。この男の言うそれは、ただの自己満足にすぎないように思えたのだ。
本人も薄々そうは感じているのか、シャインは視線を少しだけ落としていた。
そうした後で、シャインはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「少しだけ思い出したんだ、あの事件のことを。"彼"のことをな」
「彼?」
「……私を倒した人物さ。もっとも、まだぼんやりとした記憶だが」
シャインの表情が曇る。
「"彼"は私にこう言ったよ。『力がありながら使い道を自分で決められない』、とね。誰かに使い道を委ね過ぎていたのだ。……その通りだった。私は自らのモノであるはずのこの力……その使い道を考えるのをいつからかやめていたんだ」
「だから、今度は自分で決める、と?」
「そうだ。それが私の今できる精一杯の正義だ」
正義。シャインはきっぱりとそう言ったが、直後その表情に影を落とし、
「――いつから変わってしまったのだろうな、私は。王は昔の優しい王のまま何も変わらないというのに」
自らを嘲るように息を吐いた。
「おっとすまない、忘れてくれ」
それきり、シャインはその話題について一切触れようとはしなかった。

「――ではな。機会があればまた会うかもしれないな」
それからしばらく他愛ない会話を繰り広げていたが、とうとうシャインはそれだけ言うと、そのまま帰ってしまった。

「…………」
僕とピアニだけが取り残された状態になる。
ピアニは、しばらくシャインが去っていく方向を見つめていた。
「どうしたんすか?」
こちらへ向き直ることなく、ピアニは確認するように言う。
「今回の任務、本当にこれでよかったのかな」
「どういうことっすか?」
僕はその質問の意図がわからず困惑する。
「大したことじゃないけど、もしかしたら王様の方は、シャインさんに戻ってきて欲しいって考えてるじゃないかなって……そんな気がしただけ」
「…………ふぅん」
ピアニは平静を装っていたが、僕にはどこかこの任務結果に対してもどかしく感じているように思えた。
まぁ、僕もそう思っているうちの一人なのだが。
少ししてから、ピアニがふぅっとため息をつく。
「まぁ、あたし達が気にしてもしょうがないわね。……ノラム、部屋に戻ろう?」
催促するように、ピアニが僕の袖を掴んだ。
きっと考える必要のないことを無理に考えるのは避けたいと思っているのだろう。
僕は何も言わずに頷いた。

部屋に戻ろうとする直前、ふと気まぐれで後ろへ振り返る。
当然そこにはもうシャインの姿はなく、ただがらんとした空間だけが残されているだけだった。


――思い返していくうちに、いつしかぼんやりと考え込んでいた。
正直言って、僕はあの時のシャインの選択が正しいものとは到底思えない。
かといって、何事もなかったかのようにホイホイ騎士長に返り咲くのもそれはそれで違うと思っている。
要するに、僕は何が最善か思いつかなかったのだ。

人は要所要所で最善の選択をしなければならない、とはよく言ったもので、
本当はその最善の選択など初めから存在していないようにも思える。
あるいは、妥協されたとりあえずの選択を、とりあえず選んでいるに過ぎない。

結局、僕は「過ぎた結果」に"間違っている"と言うことはできても、"何が違っていたのか"、"何が正しい選択なのか"は言うことができないのだ。
「大事な分岐点」での"正しい選択"ができないのである。
その点では、僕もシャインと変わらない、自分で選べない人間だったということだ。

でも僕にだって一つだけ曲げられないものがある。
ただひとつ。僕がピアニと約束したことだ。

「本物の正義」に、「本当に正しい選択ができる人間」になる、と。

そんな子供のような考えだけが、今まで僕を動かしていた。

この仕事をやり初めてほんの一年。
だがそんな短い期間であっても、多くの人間の本性を見る。
だからこそ嫌でも考えてしまう。悪人として裁かれていった者たちが、あるいはそんな彼らに人生を弄ばれてしまった者たちが何を思い、何が正しいと考えているのかを。
未だに僕は答えどころか手がかりでさえも見つけられていない。
蓋を開けてみればなんてことのない、自分一人では何もできないちっぽけな人間一匹のままだ。

……でも最近は、自分はちょっとだけ変わったと思うようになった。

ふと何か思うところあってピアニの方を見る。
早いことに、どうやら仕事が一段落したようだ。
「どうしたの?」
ピアニがこちらに気付く。
「えー……っと」
特に話題を用意していなかった僕は言葉に詰まってしまう。
「ま、毎日御苦労様って思って!」
誤魔化そうとした結果、突拍子もないことを口走ってしまった。
一応、僕が変われたと思ったのもこいつのおかげではあるので、本当に突拍子もないかどうかは曖昧なのだが。
「……誰かさんが自分の仕事をあたしに押し付けてるせいでしょ!」
しかし残念なことに、その言葉は逆にピアニの琴線に触れてしまったようである。
ド正論だ。言葉も出ない。
お、怒られる……。
「はい、すいません……」
「まったく、あんたはいつも――」
いつものように説教を食らうのかと思っていると、突然、手元の端末型魔具がブブッと震えた。
「どわっわっわわわ!」
突然のことにびっくりして変な声を出すも、すかさずそれを確認する。
予想通りそれは新たな任務の通告だった。
「……今日のところはこれで勘弁したげる」
どうやら説教は免れたようだ。
ピアニもまた、任務内容を確認していた。
送られてきた任務内容は次の通りである。
『ルクリフィアの街で相次ぐ殺害事件。
被害者はどれも狭い路地で殺害されており、且つ死体の外傷から狭い路地では通常の人間では不可能な方法で殺害されていることから、犯人は異能力者、もしくは近頃一部の情報網で噂となっている、魔力回路の違法な研究によって造られた改造人間『ACTION-00(通称:ACT)』である可能性が高い。
もしACTが実在するのであれば、それをデータとして今後さらに非人道的研究が進むことが懸念される。
任務内容はACTという存在の噂についての調査、違法研究団体の取締りである。
もしACTが実在した場合、世間の目に触れる前に速やかに破壊、回収することも任務内容に含まれる。
尚こちらからはここ数日の監視カメラ等の映像からACTと思わしき人物の画像を数枚添付しておく。
では、健闘を祈る。
国際連合警察部隊 』
ACT……変な名前だ。
しかも改造人間とは、世の研究者は一体何を考えているのだろう。
お堅い文章を目で追いながら、添付されていた画像を見る。
どうやら疑わしい人物が何名もいるらしく、一つ一つの画像に写っている人物はどれも別々の人物であった。
例えば筋骨隆々とした、いかにもな雰囲気漂う大男。葉巻を吸う、マフィア映画にいそうなサングラスの男。どう見ても戦う力のなさそうな、色白で不健康そうな少女。着物を着た女性と共にいる、全身包帯ぐるぐる巻きのミイラのような人物。
どれを見てもピンとこない。これでは情報がないのと一緒ではないだろうか。
しかし、いくらか画像を見ていくうちに最後の一枚で手が止まった。
「……え?」
それを見た僕は驚愕していた。
なぜならそこに写っていたのは、茶色い帽子とコートにやや長めの黒髪の少年。
その容姿は僕に、二年前の"あの人"のことを思い出させていたのだ。
「どうしたの?」
ピアニの声を無視して、自然と声が漏れる。
「フォル……A……バイムラート…………」
呪文を唱えるかのように、"あの人"の名前が口を継いで出てくる。
忘れもしないその名前――

そこに写っていた人物は、僕らのかつての恩人の姿に酷似していたのだった。