嫌な予感がした。
シャーラは、先程味わったばかりの恐怖を再び感じていた。
自身に起こるモノに対しての恐怖ではなく、信頼している人間がいなくなってしまうかもしれない…といった恐怖が。
彼は無事なのだろうか。
「……………ッ!」
いてもたってもいられず、シャーラは再び処刑場へと戻っていった。
―――腹部を貫かれたフォルは多量の血を撒き散らした。
顔は苦痛に歪み、目は虚ろである。
「まだまだだったな。私の勝利だ」
シャインはそう言うや否や、腹部に致命傷を負ったフォルはその場へ倒れこんでいった。
地面に血が滲んでいく。
「剣を抜けばお前は死ぬが…私は殺すつもりはない。今から医者を呼んできて介抱させてもらう」
処刑場から出て医者を呼びに行こうとする。
「姫はこれをどう受け止めるのだろうか…」
しかしシャインはそれだけが心配だった。
初めてできた友達が、国を脅かそうとしていると知ったら。
そんなことを考えていると、ふと背後に気配を感じた。
「……何!?」
まさかと思い彼は振り返る。
そこには―――
「やぁ、なかなか痛かったよ」
今倒したはずの人物が立っていたのである。
フォル・A・バイムラート。
彼は笑顔だった。
しかし腹部には大きな刺し傷があり、普通であれば死んでいるほどの致命傷なのだ。
到底立てる状態とは思えないが、彼は何事もなかったかのように立っていたのである。
異能力で痛みを和らげている訳でもない。
魔法で回復している訳でもないのは、彼の姿を見れば一目瞭然なのだ。
「どういう事だ…」
若干の恐怖を感じたシャインを、フォルは鋭い目付きでとらえた。
「なんでだろうね?」
フォルは小馬鹿にするように曖昧な返答をし、そのままゆっくりと進み出す。
「正直言うとアンタのやっていることは間違いなく正しいと思うよ」
歩きながら言葉を紡ぐ。
「…でも、アンタはただ他人の命令だけで正しい行動をしてきたんだ。アンタの意思は感じられない」
「何だと?」
シャインはフォルに不穏な眼差しを向けていた。
「自分で正しい事を決めて…それで自分の力を使う…アンタはたったそれだけができてなかったんだ」
腹部からは未だに血が滴り落ちている。
が、それとは別にフォルの皮膚はピシピシとヒビがはいっていくのが見えた。
「甘いんだよね…自分で決めれない人間が、俺に説教するなんて滑稽じゃない?」
「ッ…!」
シャインは額に汗を伝わせ、人成らざるオーラを出す彼を見据えた。
身体中から危険信号が出ている。
まるで、自然界で天敵に見つかってしまった小動物のように、次第に恐怖心が膨らんでいく。
そして、
「騎士様、結構強くて楽しめたよ」
バキバキバキバキ…という音と共に、風に飛ばされた紙片のようにフォルの皮膚が崩れていく。
空気が緊張感を増す。
地面がめくれ上がり、砂ぼこりが巻き起こった。
「ヴアァァァァァァァァァァ―――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
バキン!と一際大きな音が発せられると、舞っていた砂ぼこりが一斉に吹き飛ばされたのだ。
―――砂ぼこりが吹き飛んだ中にいたのは、人間ではなかった。
服装からしてフォルであることはわかるが、それはこの世のどんな生物よりも奇怪である。
そう、それは伝説や物語の中で語られる『ドラゴン』のような姿だったのだ。
『あはははは…』
ケラケラと高笑いするフォルは、一歩一歩シャインの元へ近づいてゆく。
『あんまりこんな姿にはなりたくなかったけどね…まぁこの姿になってる間は傷が一瞬で回復するし、すぐに決着が着くからこうさせてもらうよ』
どうやら理性はあるらしく、テレパシーのようなもので声を飛ばしている。
フォルの力…それが今、ここにある。
彼を苦しめ、彼の心を閉ざさせ、そして彼をここまで生かし続けていたその力が。
恐ろしく、また神々しく輝くそれは、シャインのすぐそばまで迫っていた。
シャインは震える声で叫ぶ。
「何だ…ば、化け物か…!?」
フォルの淡く光る腕が、振り上げられる。
『よく言われたよ』
―― 一撃。
それだけで十分な威力だった。
シャインはとっさに防御として剣を構えていたが、拳はその剣も、鎧の魔力防御も全て打ち砕かれ、数十メートルも吹き飛ばされた。
何故彼は立ち上がれたか、という問題ではない。
彼は…本物の『化け物』と呼ぶにふさわしい存在なのだ。
壁に吹き飛ばされたシャインは、瓦礫に埋もれ気を失う最後の最後まで、何が起こったのか理解することはなかった。